この方針は芸術を、党の政治方針に添った「模範」や「枠」から出ないようにするものとなった。ソビエトにおいてスターリンの独裁体制が固まるにつれ、1925年に彼が提唱した「形式においては民族的、内容においては社会主義的」という方針を元に全ての作品が評価されるようになった。美術でも音楽でも文学でも、労働者や農民大衆にもわかりやすく写実的筆致で、ロシアに古くからあった伝統的な画法や旋律、様式をもちいることが求められた。こうなっては、社会主義リアリズムは「リアリズム」とは言いながら、党の許す範囲の現実しか描けないリアリズムへと劣化するはめになった。
美術においては画題は限られ、農場や工場などで英雄的に働く労働者など、社会主義の発展を描いた絵画が量産された。政治的に安全な題材を選ぶ圧力のもと、特定の題材や構図が採用された(社会主義リアリズム絵画は西側の評論家から、「少女が農場でトラクターに出会うような絵ばかり」と揶揄された)。また、指導者スターリンの英雄的に修正された像も多数描かれた。
建築にも、「スターリン様式」という労働者大衆に感銘を抱かせるための、装飾的で権威的な新古典主義の高層ビルがロシア各地や東欧などに建てられた。(スターリン死後は、建築は芸術というより工学として考えられるようになり、プレハブのような簡便で粗末な建物が品質に関係なく大量生産で乱造された。)
文学においては、西欧のような「普通の人々」などを主人公にしたものではなく、国家の「労働者」が英雄として描かれる作品が理想とされ、また弁証法的唯物論を反映することが期待された。
音楽においては、プロレタリアートの生活を反映した心を高ぶらせる音楽が求められる一方で、それに反する作品やその作曲家は攻撃の対象になった。特に、1948年にソビエト連邦共産党中央委員であったジダーノフによる主にショスタコーヴィチ批判を目的とした作曲家への一斉攻撃は後に「ジダーノフ批判」と呼ばれ有名である。この時点で社会主義リアリズムは芸術家を統制するための政治家の道具に堕したといえる。
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こうした社会主義リアリズムや「形式においては民族的、内容においては社会主義的」といった芸術のあり方は、第二次世界大戦後、東欧諸国や中華人民共和国、北朝鮮など他の社会主義国でも同様に採用されていった。
例に、北朝鮮においては、美術では伝統とされる「朝鮮画」によって、音楽では伝統的な民謡や大衆歌の旋律を活かして、革命の事跡や革命建設の達成振り、指導者の偉大さなどを誇張ぎみに描くことが求められ、また基準となっている。
もっとも、同じ共産主義国家でもキューバのように、堅苦しくないデザインのポスターを量産した国もあり、また時代は違うが表面上は反共国家でも、やはり新古典主義を源流とする、民族的な題材を描いた戦時下ナチス・ドイツの公式芸術など、社会主義リアリズムに形式的には近似したプロパガンダ芸術が存在した国もある。